息を呑んだ。おそらく母さんが帰ってきた。マズイ。こいつどうしよう。
このままトイレに隠すか?でもそれではこの子が可哀相だ。
「紅ー?」
俺はその声を聞いて、疑問符が浮かぶ。母さんの声じゃない。
でもどこかで聞いたことのある声だった。誰だ……?
俺はトイレからゆっくり顔を出した。
「あ、紅!?久しぶりね。あたしのこと覚えてる?」
ツインテールで、ダックスフンドみたいな髪型をしている少女。
間違いない。俺の幼馴染である、犬沢蒼依だ。
「あ、蒼依か……?」
「ええ、そうよ。良かったわ、覚えててくれて」
「お、おお……まあな」
どうしよう。母さんより厄介かもしれない。通報されるぞ、俺。とりあえずトイレのドアを閉めよう。そうしよう。
「つか玄関のドア開いてたのか?」
「ええ。まったく、鍵くらい閉めなさいよ。空き巣でも入ったらどうすんのよ」
「いや、俺居るから空き巣とは言わないだろ」
「うーん、それもそうね」
ちょっとバカなとこがまた蒼依っぽい。成績は中の下だったもんな。
「それより何で俺が戻ってきたってのを知ってたんだ?」
「あんたのお母さんが、あたしの両親に伝えたのよ。それをあたしが聞いたワケ」
「なるほど」
母さん!何勝手なことしちゃってんだよ!母さんのせいで俺はとんでもない危機に晒されてんだよ!
「そんじゃ、お邪魔しま――――」
「ちょっと待て」
俺は蒼依の顔を鷲掴みにして、家への侵入を防いだ。
「ひょっふぉ!ふぁにふんのよ!!」
「取り込み中なんだ。今日は来ないでくれるか。いや、もう来るな」
「何よそれ酷いじゃない!」
あの少女の問題がいつ片付くか分からないしな……。
「もういいわよ!」
「おお、やっと分かってくれたか――――」
「こうなるなら無理矢理突入するまでよ!」
「うぉおおおおおい!!まてええええええええい!!!」
俺が止めようとしたときには、もう遅かった。蒼依はズカズカと家の中に入って行った。
蒼依は家に入るとキョロキョロしだした。
「あれ、お母さんは居ないの?」
「ああ。今は買い物中だ」
「そ」
蒼依は迷いもせずに俺のベッドに座りやがった。本当遠慮のないところが変わっていない。
「そういえば何でこんなところに冬服が放ってあるの?」
蒼依は床に投げてあった俺の服を指さす。やべぇ、さっきセーター出したときに一緒に出てきた服だ。
「えっと、……あ、まだ片付け中なんだよ!」
「へぇー。……じゃあ、さっきから聞こえる女の子の泣き声は、何?」
「……え?」
それは、あの少女の泣き声だった。