―― ピンポーン


午後8時。インターホンが鳴った。誰だ、こんな時間に……。


俺は玄関に出た。


「あれ、蒼依?」


「暇だったから来たわよ。雪乃、どう?」


「だいぶ一人でできるようになってきたけど、まだ喋らねぇ……」


「そうなの……。でも仕方ないわよ。そんな短時間で言葉覚えられないし」


「だなぁ」


ラノベ読ませたらかなり違ってくるかもしれないが。


「そういえばあんた、本買うとかなんとか言ってたわよね?あんたのお母さんから聞いた」


「くそ母さん何で言ってんだ……」


「言っちゃダメなわけ?」


「いや、そうじゃないけど……」


やばいぞ。ラノベを買ってあげたなんて言ったら、とんでもないことになるぞ。


それに蒼依は俺がオタクになったなんて知らない。だから余計にヤバイ。


「それで紅、雪乃に何の本を買ってあげたの?」


「えっと……そう!絵本だよ!童話とかの!」


「ふぅん……。あ、そこの袋に入ってるのよね?見せて」


「ああああああああ、いやあああああ、えっと!きょ、今日はやめとこう!ほら、雪乃、眠そうだし!」


「まあ、そうね。精神はまだ子供だもんね。じゃあ、明日の朝にまた来るわ」


「あ、ああ。また明日ー……」


蒼依は自宅に戻って行った。ふぅ……何とか嵐は去った。


俺が雪乃のもとへ戻ると、雪乃はすでにラノベを読み始めていた。


……読めてるのかな、こいつ。怪しいな。


「……読んでやろうか?」


「うー!」


雪乃は元気よく頷いた。読めてなかったんだろうな、うん。


俺が1時間ほど雪乃に読み聞かせてやると、雪乃はそのまま眠ってしまった。

 

……俺のベッド奪われたし。仕方ない、ソファで寝るか。





ぺちぺちぺち。


「……ん?って、おわ!」


俺が目を覚ますと、目の前に雪乃が居た。


どうやら俺の頬を叩いて、目を覚ませようとしたらしい。っと、そうだ。


「おはよう」


「ん……おあおう?」


「ダメか……」


何か惜しいけどな。母音だけ言えてるけどな。


だがしかしまだ言葉は喋れてない。これじゃ学校は無理だろ……。


「なあ母さん。やっぱ無理だって」


「大丈夫よ。ほら、制服着せてから連れて行きなさい」


「俺、めっちゃ心配なんだけど……」


自室に戻って着替えようと考えた瞬間、雪乃が俺の服の裾を引っ張った。


「どうした?」


雪乃は口をパクパク動かす。何か言いたそうだった。


そして、雪乃は、

 

「ゆきの……、がっこう、いきます」

 

喋った。